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旅する巨人・宮本常一

投稿日:2018年5月28日 更新日:

はじめに

宮本常一は、明治40年(1907年)8月1日、山口県東和町長崎(周防大島)生まれ。昭和10年、10年余りの教壇生活(大阪)に別れをつげ、渋沢敬三(東京)開設のアチック・ミューゼアム研究所員となる。「土と共に」は、その第一回目の旅である。旅行当時32歳。

  • 周防大島文化交流センター
  • 宮本常一情報サイト 周防大島郷土大学
  • 「大正昭和くらしの博物誌 ─ 民族学の父・渋沢敬三とアチック・ミューゼアム」/国立民族学博物館(みんぱく)

宮本常一「村里を行く」

宮本常一著作集25「村里を行く」(1977年)未来社
その中の「土と共に」(p.141-231)の旅では、松江から下って西中国山地に入り、細見谷(広島県)から広島・島根県境尾根を越えて、広見谷(島根県)に抜けている。

「土と共に」は昭和14年11月14日から、12月中旬までのおよそ一ヵ月ほどの旅の前半の記事であるが、私にはじつに印象の深い旅であった。(未来社版追記p.244より)

本書(Web作者注「村里を行く」)が最初に発行されたのは昭和18年12月20日であった。発行所は三国書房で、女性叢書の一冊としてであった。(未来社版追記p.232より)

なお、再刊にあたって、旧仮名を新仮名に改められている。

以下、カッコ内以外はすべて未来社版からの引用、ただし漢数字を算用数字に置き換えた箇所あり。

「土と共に」の旅行日程

  • 昭和14年10月4日夜、私は原稿を持って東京をたった。
    (Web作者注:確かに10月となっている。ただし、未来社版追記p.244によれば、「土と共に」の旅は11月14日から12月中旬である(上記参照)。なおここで原稿とは、田中梅治翁の「粒々辛苦」(下記参照)のことであり、田中梅治翁に会うことがこの旅の最大の目的であった)
  • 石見に入る前に島根半島を歩いてみたいと思って、17日朝、松江で汽車を下りた。(大芦村にて泊まる)
  • 翌18日はよい天気である。(恵曇村片句に泊まる)
  • 片句での二日間、私は山本先生から数々の話を聞いた。
  • 11月20日の朝、未だ夜のあけきらぬ頃に、私は宿の人に別れをつげて片句をたった。
    江角へ出てそこから七時に松江へ行くバスに乗る。
    松江で大社行きの汽車に乗って、今市で乗り換え江津へ向う。
    江津で三江線に乗り換え川平で下車した。
    (長谷村清見の分教場に森脇氏を訪ねる)
    森脇氏は病気で長らく休んでおられるという。私はそこで跡市村のお宅まで歩くことにした。
    その夜は一時が来、二時が来るまで森脇氏にさわりはいないかと思うほど話し続けた。
  • (11月21日)午後1時のバスで跡市をたち都濃津へ出る。
    都濃津から江津まで歩く。
    江津へ出てまた三江線に乗る。
    出羽(いずは)の町で下車した。
    田中梅治翁の家までは近い。
  • 22日は煙るような雨である。
    前夜は夜の三時まで興じあうたのであるがその夜もまた一時まで話がつづいた。
  • (11月23日)広島県大朝町のしるべをたずねて歩きだした。
  • 大朝について四日目、すなわち11月26日の夕方、こわれた時計をなおしに町まで出た。
  • 11月28日朝、八幡行きのバスに乗る。(終点からさらに樽床まで行き、後藤吾妻氏宅に泊まる)
  • 翌11月29日は昼すぎまで後藤氏から話をきいた。(三段峡から横川に至る)・・・その夜半から吹雪になって、夜があけるとまた一面の真白である。
  • (11月30日、「雪の峠」を越えて「三葛の宿」(石見国)へ至る。
    横川から奥、古屋敷、二軒小屋などをすぎて行く。
    匹見上村の紙祖へ出たのは三時を少しまわっていた。
    (三蔓にて宿をとる)
    詳細については、下記、私の山行記(2009年06月20日)からリンクあり
  • 12月1日、いよいよ今日は周防国へ入るのである。
    (山口県山代地方の高根村向峠にある斎藤家に泊まる)
  • (12月2日、同地の美島家に泊まる)
  • (12月3日)、三日の朝、向峠を辞した。
  • 12月4日、私は故郷の土を踏んだ。

松村久著「六時閉店-地方出版の眼-」マツノ書店

松村久著「六時閉店-地方出版の眼-」マツノ書店(1989年)という本がある。その中に、”宮本常一先生の思い出(1981年記)”p.105-108という項があり、そこには、民俗学者宮本常一のすさましい仕事ぶりが描かれている。

山口県・豊北町の古老の記憶画200枚以上について、たった2日間、本人をみっちり取材した上で、数週間後にはそれぞれの画毎にきっちり200語の解説文を編集して送ってきたという。「明治大正長州北浦風俗絵巻」1975年である。

これが地元の研究家であれば、たった1枚の絵の解説を書くために、本人の元に何回も通わなければならなかったのだそうである。

ところで、マツノ書店とは、山口県周南市(旧・徳山市)にある古本屋兼業の出版社で、山口県の歴史・民俗学関係の本だけを、DM(ダイレクト・メール)で直販している書店である。1974年(昭和49)から出版活動を開始、1988年(昭和63)には、出版100点記念として「毛利十一代史」(全10巻)を復刻している。

私の山行記(宮本常一関連)

-[[2009年11月15日]]
十方山林道からマゴクロウ谷を登り、横川越(ボーギのキビレ)に達する
-[[2009年10月03日]]
十方山林道を車で行く
田中幾太郎さんと匹見往還(マゴクロウ谷)
-[[2009年06月20日]]
十方山林道~マゴクロウ谷~横川越(ボーギのキビレ)敗退
宮本常一、横川(安芸国)から「雪の峠」を越えて「三葛の宿」(石見国)へ至る
宮本常一著作集25『村里を行く』「土と共に」”雪の峠”p.210-2から引用
-[[2005年01月22日]]
文殊山~嘉納山~嵩山
宮本常一展(周防大島文化交流センター)見学

2009/10/07初出

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