放射性炭素を使って年代を測定する
2003/07/27、初出
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自然界の炭素原子には、3種類が存在する
自然界の炭素原子(元素記号C、原子番号6)には、同位体が存在する。すなわち、炭素12(陽子6個、中性子6個)、炭素13(陽子6、中性子7)、そして炭素14(陽子6、中性子8)の3種類である。
ここで同位体(Isotope、アイソトープ)とは、同じ原子番号を持つ元素の原子(つまり同じ数の陽子あるいは電子を持つ原子)でありながら、原子核の中性子数が異なるもの(すなわち質量数が異なるもの)をいう。
なお同位体同士は、互いの化学的性質は非常に似通っている。
(質量数=陽子+中性子)
炭素14(C14):元素記号C、原子番号6、陽子6個、中性子8個
窒素14(N14):元素記号N、原子番号7、陽子・中性子とも7個づつ
放射性炭素(C14)年代測定法とは
放射性炭素(C14)年代測定法とは、自然界に極微量含まれる放射性同位体の炭素14が、β(ベータ)線とよばれる放射線を出しながら、一定の割合で減少(半減期5730年)していく性質を利用して、生物が死滅してからの経過時間(すなわち死滅した年代)を測定しようとするものである。
自然界の炭素原子には、安定同位体の炭素12(構成比99%)と炭素13(構成比1%)、および放射性同位体の炭素14(極微量)の3種類の同位体が存在している。
炭素14は炭素12や炭素13と比べて非常に不安定であり、大気圏上層で宇宙線の作用によって窒素14(N14)から生成される一方で、放射性崩壊(壊変)によってベータ線とよばれる放射線を出しながら、再び窒素14に戻っていく。
このように、大気中での炭素14の生成量と減少量はほぼバランスが取れているので、自然界における炭素14の量(炭素12に対する炭素14の割合)は、二酸化炭素(CO2)の形で長期間にわたってほぼ一定とみなされている。そして、このCO2内の炭素14は、植物による光合成、あるいは食物連鎖によって動植物の体内にも取り込まれてゆく。
これら生物(厳密には細胞ごと)が死滅すると、生体内(細胞内)に含まれていた炭素14の量は約5730年ごとに半減してゆき、死滅後に補充されることはない。つまり、生物の死後は、時間の経過とともに一定量の炭素14が減少してゆく。放射性炭素(C14)年代測定法は、この減少割合を尺度として年代測定をしようという方法である。
近年、測定精度が飛躍的に向上している
放射性炭素年代測定法の測定精度は、近年飛躍的に向上しており、その理由として以下のような点があげられる。
1)分析器そのものの改良
2)年代によって異なる大気中C14濃度のバラツキ補正表の整備
3)世界に百近くある測定機関の精度評価試験実施、など
分析器そのものの改良
放射性炭素年代測定法は、最近ではAMS法(加速器質量分析法:Accelerator Mass Spectrometry)が主流となっている。AMS法は、炭素原子をイオン化して加速し、極微量(炭素原子1兆個に1個の割合)含まれる炭素14原子を、一つ一つ直接数えることによって濃度を測定する方法である。
AMS法では、必要とされる炭素試料は1ミリグラム以下でよく、精度(誤差)は0.3-0.5%と非常に高く、測定結果が出るまで30分から1時間ですむ。また、測定限界は6万年までと長くなっている。
AMS法と従来法(ベータ線計測法)を比べると、ここ10年ほどで誤差は約1/3になっている。例えば、一万年前のサンプルで誤差20~40年程度まで向上しているという。
これに対して、従来法(ベータ線計測法)は、炭素14が壊変するときに放射されるベータ線を検知する方法である。試料はグラム単位で必要とされ、しかも1グラムの試料があっても炭素14は4~5秒に1個位しか壊れないので、計測には時間がかかる。なお、測定限界は3~4万年である。
年代によって異なる大気中C14濃度のバラツキ補正表の整備
ところで、大気中の炭素14濃度は、過去から現在に至るまで一定で変化しなかったわけではない。地球磁場や太陽の黒点活動の影響、あるいは核実験の影響などによって、年代ごとに炭素14の濃度は微妙に変動していることが分かっている。
したがって、炭素14の残存量から割り出した「炭素14年代」を、そのまま実際の年代(「歴年代」)に当てはめるわけにはいかず、何らかの補正が必要となってくる。
補正のための基礎試料としてよく利用されるのが、年輪年代のわかった樹木年輪の炭素14年代を測定する方法である。ここで使用される樹木は、今までは、日本列島から遠く離れた北米や欧州産の樹木であったが、最近では、日本産の樹木の年輪年代も測定することによって、地球規模でデータベースの整合性が計られている。
弥生時代の始まりは500年さかのぼる可能性がある?
こうしたC14年代測定法を用いた研究成果によって、弥生時代の始まりが500年もさかのぼる可能性がでてきた。2003年5月に国立民俗歴史博物館から発表されたもので、各方面で大反響を巻き起こしている。
以下、国立民俗歴史博物館HPより(2003年7月27日現在)
九州北部の弥生時代早期から弥生時代前期にかけての土器(夜臼Ⅱ式土器・板付Ⅰ式土器)に付着していた炭化物(コゲ、スス)などの年代を、炭素14年代測定法(AMS法)によって計測したところ、紀元前約900~800年ごろに集中する年代となった。
考古学的に、同時期と考えられている遺跡の水田跡に付属する水路に打ち込まれていた木杭2点の年代もほぼ同じ年代を示した。
これらの年代の整合性を確かめるために、前後する時期の試料、同時期の韓国や東北地方の試料の年代を測定した結果、以下のことがわかった。
1)韓国の、この時代に併行するとされる突帯文土器期と松菊里期の年代について整合する年代が得られた。
2)考古学的に、この時期と前後する土器の型式をもつ土器の試料の年代値と考古学的編年の間にはよい相関が得られた。
3)遺跡における遺物の共伴から、同時代とされる東北地方の縄文晩期の土器の年代と強い一致が得られた。
以上のように、夜臼Ⅱ式土器・板付Ⅰ式土器を使用していた時代は紀元前9~8世紀ごろ、すなわち日本列島の住人が本格的に水田稲作を始めた年代(夜臼Ⅰ式)は、紀元前10世紀までさかのぼる可能性も含めて考えるべきであることが明らかとなった。
この研究結果は、科学研究費補助金・基盤研究(A)(1)「縄文時代・弥生時代の高精度年代体系の構築」(2001-2003年度、代表:今村峯雄、課題番号13308009)の成果の一部として、2003年5月に国立民俗歴史博物館から発表された。
以上、国立民俗歴史博物館HPによる
東アジア情勢のなかにおける弥生時代(および縄文時代)の位置づけ
弥生時代(および縄文時代)の時代区分は、従来からの膨大な研究成果によって土器型式で日本全土が地域別・年代別に細分化されている。これらにC14年代測定法によって精密な実年代が与えられることの影響ははかりしれない。
一番大きな問題は、東アジア情勢のなかにおける弥生時代(および縄文時代)の位置づけである。上記研究成果を当てはめるならば、弥生時代が始まる時期は今まで戦国時代(中国)のことと想定されてきたが、殷(商)の滅亡、西周の成立のころ、ということになる。また、弥生前期の始まりは、西周の滅亡、春秋の初めのころとなる。さらに中国・日本等における青銅器、鉄器の使用開始時期の整合性など検討課題も多い。
参考文献:
国立民俗歴史博物館HP