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アポロ計画

投稿日:2018年5月28日 更新日:

アポロ11号、人類初の月面着陸成功(1969年)

アポロ11号のニール・アームストロング船長が、1969年7月20日(昭和44)、月着陸の第一歩を印した。アポロ11号の月面着陸の様子はテレビで実況中継され、世界中の6億人が見つめた。この時、私たちの大学では遅れてきた大学紛争の真っ只中であった。

月と地球の距離

地球(直径1万2千km)の大きさを〈バスケットボール〉に例えるならば、月(直径3,480km)の大きさは〈野球のボール〉程度になる。そして両者は、約7m(実際距離、約38万km)離れているということになる。

旧ソ連:人類初の人工衛星(1957年)

戦後、宇宙開発競争の幕が切って落とされ、米国は旧ソ連に遅れをとってしまった。

  • 1957年10月4日(旧ソ連)、スプートニク1号(人類初の人工衛星)
  • 1957年11月3日(旧ソ連)、スプートニク2号(ライカ犬、初の生物飛行)
  • 1958年1月31日(米国)、エクスプローラ1号(米国初の人工衛星)
    参考:1970年2月11日(日本)、おおすみ(日本初の人工衛星)

米国:NASA(アメリカ航空宇宙局)設立(1958年)

米国は、1958年、旧ソ連に追いつくためNASA(アメリカ航空宇宙局)を設立した。そして、「有人宇宙飛行」計画(マーキュリー計画)を発表した。しかし、またしてもタッチの差で旧ソ連に遅れをとった。

  • 1961年4月12日(旧ソ連)、ボストーク1号(人類初の有人宇宙飛行)
    ガガーリン少佐、地球は青かった、地球の大気圏外を1時間48分で一周
  • 1961年5月5日(米国)、マーキュリー3号(米国初の有人宇宙飛行)
    アラン・シェパード、弾道飛行(15分28秒)
  • 1962年2月20日(米国)、マーキュリー6号(米国初の軌道周回飛行)
    ジョン・グレン中佐、地球上100マイル(約160km)、1周90分で3周する
    自動操縦装置の故障などを手動操作で乗り切って無事帰還したヒーロー
    77歳でスペースシャトルに搭乗した(史上最高齢)
  • 1963年6月16日(旧ソ連)、ボストーク6号(史上初の女性宇宙飛行士)
    ワレンチナ・V・テレシコワ、私はカモメ、地球を48周(飛行時間71時間弱)

ケネディ大統領:アポロ計画を発表(1961年)

人類初の「有人宇宙飛行」を巡って、米国はタッチの差でまたしても旧ソ連に遅れをとった。しかし、このマーキュリー3号の成功を受けて、当時のアメリカ大統領ケネディは、アメリカ連邦議会特別両院合同会議で演説(1961年5月25日)、アポロ計画(1960年代が終わるまでに、人類を月に送り込み無事生還させる)を発表した。

米国は、アポロ計画(3人乗り宇宙船、月面着陸)の前にジェミニ計画(2人乗り)を実施、65年から66年にかけて10機を打ち上げて、月着陸のための訓練としてランデブーやドッキングなどの実験を確実にこなしていった。

以下、宇宙情報センター解説によると、

「アポロ計画」は、本来、有人宇宙船を月軌道上にのせる計画でした。しかし、1961年のケネディ大統領(当時)の演説により、月面に有人宇宙船着陸を成功させる計画に変更されました。アポロ計画では最後の17号まで合計6回の月面着陸に成功(当Web作者注:11~17号、但し13号を除く)し、12人の宇宙飛行士を月面に送りました。

アポロ13号、奇跡の生還(1970年)

アポロ13号は、NASAで3度目の月着陸を目指すが、月への軌道途中で「司令船」の酸素タンクが爆発するという大事故を起こす。それは、宇宙飛行士の生命をもおびやかすような重大なトラブルであった。

当初予定の月着陸はもちろん中止、月を回って無事地球に帰還することが最大の目的となる。クルーはもちろんのこと、NASA官制室や宇宙船関連メーカーなど多数の人々の必死の努力によって、その目的は達成された。

なお、アポロシリーズの宇宙飛行士は3名。月着陸時は、そのうち2名が「月着陸船」に乗り込み、残る1名が「司令船」で月軌道を回りながら待機することになる。その他、宇宙船には支援船を接続している。

1970年(昭和45)4月17日

4月11日(土)

ヒューストン時間13時14分
打ち上げ

4月13日(月)

ヒューストン時間21時8分
トラブル発生
打ち上げ後、2日と7時間54分

トラブルが発生した時、アポロ13号は月に向かう軌道上にあった。あと24時間足らずで月に達するという距離である。このまま何の処置もしなければ、月を回って再び地球を目指すコースは取るけれども、地球(直径1万2千km)からは約7万2千kmも離れたところを通りすぎてしまう。生還の望みはない。

なんとしても、アポロ13号を自由帰還軌道(月を回って地球に帰る軌道)に乗せなければいけない。しかし、トラブルによって、「司令船」の電気系統、制御装置そしてコンピュータといったあらゆる装置に甚大な被害を生じていた。NASA司令室は、「月着陸船」を救命ボートとして利用することを決定する。

月着陸船は、いうまでもなく月着陸用の装置であり、月着陸のメンバー2人が45時間生きてゆけるように設計されていた。地球に帰還するまで、今から77~100時間かかる。しかも、クルーは全部で3人である。酸素は、電力は、そして水は、はたして足りるのか。

最後の難関、大気圏再突入はどのようにしたらよいのか?
通常なら、再突入チェックリストを書き上げ、シミュレーターでテストし、欠陥を排除するには三か月かかる。それを今回ヒューストンのスタッフは二日足らずでやらなければいけない。

その他もろもろの困難を乗り越えて、3人は無事地球に帰ってきた。

4月14日(火)

2時40分、自由帰還軌道投入のため月着陸船のエンジン噴射。
18時21分、地球との交信不能圏(月の裏側)に入る
20時40分、2度目の噴射―PCプラス2噴射―すなわち、月を回って、月の裏側の「近月点(月にもっとも接近する点」を通過してから2時間後の噴射のこと。

4月15日(水)

10時半過ぎ、軌道(大気圏突入コース)修正のため月着陸船のエンジン噴射

4月17日(金)

7時15分、支援船切り離し
9時台、司令船の航行システムをコンピュータまで含めて完璧な状態で生きかえらせる。月着陸船切り離し。
11時43分?、南太平洋上に着水。

参考資料

  • 「人類、月に立つ(上・下)」アンドルー・チェイキン著、亀井よし子訳、NHK出版(1999年)
  • アポロ13号/JST失敗知識データベース/科学技術振興機構(JST)

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