未分類

東京オリンピック(聖火リレー)

投稿日:2018年5月28日 更新日:

聖火リレー

私は、聖火リレーに二度参加したことがある。熊本国体(中1)と東京オリンピック(高2)である。どちらの場合も、実際に聖火トーチを持ったわけではない。主役の後ろで旗か何かを持って走る伴走だった。

熊本国体の時には、事前に練習をした記憶がない。いきなり授業中の教室から連れて行かれて参加した、そんな感じだ。中学生時代は、駅伝の試走とか競技会のために、授業のある日に丸一日校外へ出かけることがよくあった。のんびりした時代だったのである(たまに勉強が遅れることもあったが)。

東京オリンピックの聖火リレーの時には、事前に何回か練習をした。設定スピードは確か5分/kmくらいのペースではなかったかと思う。陸上競技部以外のクラブからも参加者がいて、いっしょに練習すると何人かが遅れ気味になったりした。我々は3分/kmは楽に切れる力を持っていたので、それが5分ならば楽勝であった。

東京オリンピック聖火リレー

1区間1~2km
正走者1、副走者2、随走者20、計23名
高校中学生年齢層の男女から選ばれた(約10万人参加)

8月21日オリンピアの遺跡ヘラ神殿跡(ギリシャ・アテネ)で太陽光線を凹面鏡に受けて聖火がともされる。その後特別機でアジアの各地をリレーされ(アテネ、イスタンブール、ベイルート、テヘラン、ラホール、ニューデリー、ラングーン、バンコク、クアラルンプール、マニラ、香港、台北)そして沖縄入りする。

沖縄島内リレーの後、9月5日鹿児島に空輸、その後各コースに分散しながら、最終的には4コースで日本全国46都道府県をへて東京で再び集火された。

坂井義則(さかい・よしのり)

東京オリンピック聖火最終ランナーは、広島県出身の坂井義則さんである。私の郷土の2学年先輩で、私が高1のとき彼は高3だった。その彼を私は広島県営陸上競技場でまじかに見たことがある。

たぶん、1600mリレー(400m×4人)のときのことだ(800mリレーではないと思う)。彼は100、200、400m専門、私は高校ではトラックは800mをやっていたが、1600mリレーにも出場していたのである。私の先輩が、あれが三次(みよし)高校の坂井さんだと教えてくれた。身長は私(173cm)よりかなり高く肩幅があってなかなかの男前であった。

オリンピック開会式当日、聖火トーチを持ってメーンスタジアムのトラックを半周した彼は、練習の時より少しスローペースであったというが、ゆったりと落ち着いたストライド走法で美しかった。そして聖火台への163段をいっきにかけあがっていった。

  • 昭和20年(1945年)8月6日生まれ
    広島に原爆(原子爆弾)が投下されてからわずか1時間半後、広島から100km余北の中国山脈のふところの町、三次(みよし)市で生まれる。
    三次中学2年のとき陸上競技を始める。
    三次高校3年のときの広島県大会では、100m、200m、400m、800mリレーで優勝を独占。
  • 昭和39年(1964年)
    4月、早稲田大学教育学部入学(18歳)
    東京オリンピック聖火最終ランナーに選ばれその練習に専念する
    10月10日、無事大役を果たす(19歳)
  • 昭和41年(1966年)
    バンコクアジア大会400m銀メダル
  • 昭和43年(1968年)
    大学卒業後、フジテレビ入社
    競技生活に別れを告げる

参考資料

  • 東京オリンピック1964/歴史公文書探究サイト『ぶん蔵』 BUNZO

2013/12/17改編

-未分類

執筆者:

関連記事

no image

アポロ計画

アポロ11号、人類初の月面着陸成功(1969年) アポロ11号のニール・アームストロング船長が、1969年7月20日(昭和44)、月着陸の第一歩を印した。アポロ11号の月面着陸の様子はテレビで実況中継 …

no image

世界陸上競技選手権大会

男子400m障害 第8回世界陸上(カナダ・エドモントン) 2001年8月10日、第8回「世界陸上」競技選手権大会(カナダ・エドモントン)で、為末大(ためすえ・だい)選手が男子400mハードルで銅メダル …

no image

医療過誤

カルテの見間違い 先日歯医者に行った。診察室への呼び込みの段階で名前を間違えて呼ばれそうになった。ただ単なる読み間違い(”下”の名前の漢字二文字をひっくり返して呼ばれることがたまにある)であり、無事診 …

no image

お知らせ(団塊の世代一代記)

2018/06/25 愛知大学山岳部薬師岳遭難事件 加筆修正 2018/06/23 WordPressで再構築を再開しました。 鋭意リンク整備を行います。 よろしくお願いいたします。

no image

ヨット

新潟ではじめてヨットに乗る 1972年(昭和47)入社3年目のころ,私は初めてヨットに乗った。場所は鳥屋潟(とやのがた)という新潟市内にある潟(水溜り,池)である。水深は浅く水は濁っており所々藻が密集 …