「 歴史 」 一覧

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直良信夫・苦学の考古学者

2018/05/27   -考古学

以下、用字用語には再考の余地が有ります。 信夫と音 直良信夫(なおら・のぶお) 明治35年(1902年)1月1日生まれ(戸籍上は10日) 大分県海部郡臼杵町(現臼杵市)、旧姓村本 明石人骨(明石原人) …

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江戸のお殿様(岩城家)

2018/05/26   -江戸時代

岩城家 2万石、外様、柳間、城主格(当初は陣屋) 佐竹義重 佐竹義重の長男、佐竹義宣、出羽久保田(秋田)20万石 佐竹義重の二男、蘆名義広、常陸江戸埼・・・出羽角館 佐竹義重の三男、岩城貞隆、信濃川中 …

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江戸のお殿様(池田家)

2018/05/26   -江戸時代

池田輝政(恒興二男、播磨姫路藩) 関ヶ原の役(1600年)の戦功により、池田輝政(てるまさ、池田勝入斎信輝(恒興)の二男)が、播磨一国52万石で姫路城に入る。また、恒興三男の長吉(ながよし、輝政の弟) …

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江戸三百藩(各藩ごとの歴史)

2018/05/26   -江戸時代

江戸のお殿様(各藩ごとの歴史) 下野真岡藩、1601年〜1611年(300浅野) (リンク付きモデルケース、以下順次作業予定) 常陸真壁藩、1611年〜1622年(300浅野) 常陸笠間藩、1622年 …

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旅する巨人・宮本常一

2009/10/07   -考古学

このページでは、下記書籍を参考にしています。 『宮本常一著作集25「村里を行く」』(1977年)未来社 はじめに 宮本常一は、明治40年(1907年)8月1日、山口県東和町長崎(周防大島)生まれ。昭和 …

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江戸のお殿様(浅野家)

2005/05/23   -江戸時代

浅野長政(長勝養嫡子、秀吉の義兄弟) 浅野長勝(ながかつ)、尾張住人、妻の姉の娘二人を養う 姉の方を、木下籐吉郎に嫁がせる(後の北政所、”おね”あるいは”ねね&#8 …

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吉野ヶ里遺跡

2005/01/21   -考古学

吉野ヶ里遺跡とは 吉野ヶ里遺跡は、北部九州・佐賀県の丘陵上(神埼郡神埼町、三田川町及び東脊振村)にあり、全国でも最大規模の環壕集落遺跡として知られている。遺跡は弥生時代をとおして存在しており、「ムラ」 …

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明石原人の謎

2004/01/12   -考古学

以下、用字用語には再考の余地が有ります。 2004/04/11、最終稿完成 2004/02/25、春成著作(7冊目)追加、本文追加訂正 2004/02/24、設楽編著(6冊目)追加、本文追加訂正 20 …

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照葉樹林文化

2003/08/13   -考古学

照葉樹林帯とは 東アジアの植生分布は、長江(揚子江)流域を基点として、三つに大別できる。すなわち、常緑広葉樹林帯(南側)、落葉広葉樹林帯(北側)、および乾燥地帯(西側)の三つである。 そのうち、常緑広 …

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稲のきた道

2003/08/07   -考古学

稲はどこから来たのか 春、田植えによって水田に整然と植えられたイネの苗は、夏になって青々と育ち、やがて収穫を前にして黄金色の稲穂を垂れる。平地では見渡す限りの水田が広がり、山間部では天まで届きそうな棚 …